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群馬・あかつきの村 ベトナム難民受け入れて25年 定住支援に先駆的役割
さいたま教区の石川能也神父(70)が「1人1人を自由な人間として認め、助け合う喜びが発見できる」場を目指して始めた「あかつきの村」(群馬県前橋市)が、ベトナム難民の受け入れを始めてことしで25周年になる。その「記念祭」が9月9日行われ、ここで一時期を過ごした多くのベトナム難民とその家族、当時の協力者ら数百人が共にミサをささげ、感謝の言葉を掛け合った。
貧しかったからこそ
頑張れた
「はじめからこうなるとは思ってもいなかった」。現在“名誉村長”となった石川神父の言葉通り、1978年、廃品回収をしながら貧しい人のために奉仕する「エマウス運動」として始まった「あかつきの村」は、1982年にカリタスジャパンの要請を受け、ベトナム難民の受け入れと、定住促進支援を行うようになった。「建物もない。日本語を教える人は群馬大の協力を仰いで養成した。たくさんの協力を得て、いまのベトナムの人たちの生活がある。感謝したい」と石川神父はあいさつした。 日本に来たベトナム難民は受け入れセンターを経て、日本語や日本文化を学ぶためにここで数カ月生活し、それぞれ就職して出ていった。最初の入所者の1人、トラン・レ・タンさん(48)は、25五年前、賞味期限を気にせずものを食べ、もらった服を着て生活してきた。その時のことを心に焼き付けて、頑張るんだと生活してきました」と当時の様子を振り返った。 現在、施設長を務める石川寧志(グエン・バン・ニン)さん(36)をはじめ、親と別れて日本に来た子どもたちはあかつきの村から学校に通った。「石川神父はお父さんみたい」と話すニンさんは、「中学高校では、自転車をパンクさせられるなどいろんないじめがありました。でも毎日パンの耳を食べながら、石川神父さんと夜遅くまで廃品回収をして。大学まで出た仲間もいます。当時貧しかったのですが、貧しかったからこそ頑張れた」と話した。

受け入れた責任
難民に対して教会は、「政府に先駆けて受け入れを始め」(谷司教)、その役割は大きかった。法務省で難民認定の仕事をした水上洋一郎さんも「あかつきの村に支えられ、日本の難民政策はここまで来た」と話した。 ミサの中では、この25年間に「あかつきの村」にかかわり亡くなった20数人の名前が読み上げられた。中には、慣れない日本での生活に苦しみ、心を病んで命を落とした数人のベトナム人も含まれていた。 現在「あかつきの村」は社会福祉法人「フランシスコの町」の1つとして活躍、精神障がい者のグループホームなどを運営している。教区担当者の斎藤優助祭
は、「難民事業は終わっているが、精神疾患に苦しむベトナム人は全国で100人はいると言われ、受け入れ先がありません。難民として受け入れたのだから責任が
あります」と語った。
(写真)花束を受け取る石川神父(右)
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