設立50周年記念式典(2004.7.18)
教会初期の頃の信者たち(1950年代)
明治の頃より太田・足利を中心とする両毛地区で、外国人宣教師による布教が行なわれていましたが、1888(明治21)年8月に新田郡太田で5名が公式受洗したことが記録に残っています。それから実に65年の時を経て、1954(昭和29)年5月にカトリック太田教会は太田市浜町で産声を上げました。
その教会は馬小屋で生まれた主キリストのご降誕のようでもありました。その場所が戦前の歓楽街であった料亭 「ポンチ」の二階だったのです。当時の写真は残っていませんが、教会小史 「黎明の時」(霜鳥 俊一著・220KB)
にその時の様子が詳しく記されていますので、ご覧ください。
そして、その時から50年以上が経過しました。この間、日本の社会情勢や経済状況も大きく変化してきました。その上、最近はグローバル化や人々の移動といった国際化の波も押し寄せてきています。
太田小教区内の太田市と大泉町は全国でも有数の外国人集住都市として注目されています。大泉町の外国人登録者数は6700人ほどで、人口に対して16%、太田市でも8000人を超えています。移住者の中で最も多い国籍はブラジル、そしてフィリピン、ペルーの順です。この3カ国はカトリックの国です。太田小教区の国別信徒数は、日本人900人、ブラジル人10000人、フィリピン1500人、ペルー人2000人というデーターもあります。実際に教会に来て、ミサに参加する人はずっと少ないのですが、日本人信徒の10倍以上の外国人が太田小教区には居住しているのです。
教会が多国籍化して、これまでの「日本人信徒のための教会」から「地域に住むすべての人々のための教会」へと発想と姿勢の転換が迫られています。如何にキリスト者として、社会の中で救いのしるしとして存在意義を示すことができるのか、これまで50年以上培ってきた信仰の真価が問われる時であり、同時に未来に向けた大きな飛躍の時でもあると私たちは考えています。